第一次世界大戦後から満州事変まで

第一次世界大戦後の日本は不景気になった。

第一次世界大戦中では,日本は軍需産業の大戦景気で輸出が輸入を上回り,「財閥」や「成金」が登場しましたね。
ですが,1918年に大戦が終わってしまったので不景気になってしまいました。

1923年には関東大震災,1929年には世界恐慌の影響もあり,日本経済の行き詰まりが問題になりました。

 

アメリカやイギリスは世界恐慌をどう乗り切ったの?

世界恐慌とは,1929年におこった世界規模の経済不況のこと。
それまでは,アメリカは軍需産業でかなり繁栄していたのですが,急速に悪化してしまいました。その影響が世界中に広がったのです。

アメリカでは,1933年ルーズベルト大統領がニューディール政策をかかげました。アメリカ政府が,ダム建設などの公共事業をおこして失業者を助けようとしました。

イギリスやフランスは,ブロック経済で乗り切ろうとしました。自分の国と,自分の植民地だけで貿易をして他国の商品をしめ出しました。

他国をブロックしたので,ブロック経済といいます。植民地をたくさん持ってる強い国にしかできない政策です。

 

ドイツとイタリアは,世界恐慌の頃どうだったの?

ドイツは,そもそも第一次世界大戦の賠償金支払いで,ドイツ国民は経済も精神もボロボロ状態。そんなピンチの時って,民衆は圧倒的な指導者の登場に期待してしまうものなんです。

1930年代に登場したナチ党ヒトラーさんは,軍備の拡張で景気も回復させたので,民衆から圧倒的な支持を得ました。

イタリアでは,ファシスト党ムッソリーニさんが,大戦後の混乱のなかで登場して独裁政治を行いました。

当時のように,軍事力で領土を拡大しようとする独裁政治をファシズムといいます。

 

日本もそうですが,当時は領土(植民地)を拡大して列強諸国に対抗していくスタイルでした。そもそも日本なんて,鎖国時代に黒船が来て無理やり開国させられてます。
生き残るためには,領土を拡大して強い国にならないとダメだったのです。

 

満州は日本の生命線だった!

満州とは,中国の東北地方のこと。

上の図は,第一次世界大戦あたりの日本の領土ですが,1894年の日清戦争台湾をゲット。1904年の日露戦争後,朝鮮南樺太をゲット。朝鮮の先にある,南満州鉄道もゲットしました。

というわけで,日本の領土拡大計画は,朝鮮の先にある「満州」を目指そうってなります。
日本は勝って生き残るために,満州をゲットして,その後も領土拡大していこうとしました。

 

1931年に満州事変がおきた。

何としても満州がほしい日本は,武力を用いて占領しようとしました。
でも,それでは国際社会の批判を浴びてしまうので,ある作戦を立てます。

それは,南満州鉄道の線路を日本軍がこっそり爆破し,これを中国側の仕業であるとして,日本軍が仕返しをするというものでした。

これなら,日本軍が満州を攻めても,「中国側が先に攻撃してきたので反撃した」と言い逃れができます。

その後,日本軍は半年で満州を占領して「満州国」を勝手につくりました。
これが満州事変です。ただの日本の侵略行為です。

 

1933年,日本は国際連盟脱退!日本孤立へ・・・

満州事変後,中国が国際連盟に訴えました。
その後の調査で日本の悪事がバレます。

1933年,国際連盟は日本に対して,満州から撤兵するよう伝えます。
ですが,もちろん日本は納得できないので,国際連盟を脱退してしまいました。

こうして日本は国際社会から孤立してしまいました。
この後の日本は,日中戦争,そして絶望の太平洋戦争へと向かいます。

 

以上,第一次世界大戦から満州事変まででした。
日本は何とか領土を拡大して列強諸国に仲間入りしたかった,というお話でした。